これからの時代の「新任管理職の対話術」⑧

依頼をスムーズに受け入れてもらうコツ(column34)

以前は、「ちょっとそこまで来たもので」などと言って、取引先を気軽に訪問することができました。しかし今は、セキュリティーも厳しいし相手も多忙なので、なかなかそんなことはできません。アポイントをとるのもひと苦労な時代です。今回は、こうした点を考察していきます。

 

昔に比べて、会うこと自体がむずかしくなった

先日、営業管理職の方とお話ししていたら、「若い部下が、顧客を訪問したがらない」と嘆いていました。もっと積極的に顧客を訪問してほしいけど、モタモタしてアポイントをとらずにいる。現在は、電話の他に、メール、SNS、テレビ会議など、コミュニケーションツールが発達しています。若い部下の方としては、口には出さないけど、「お客さんも忙しいんだし、無理に訪問しなくてもいいじゃないか」という思いがあるようです。

 

部下の方の肩をもつわけではありませんが、以前と比べて顧客と人間関係を構築するのがむずかしくなったと思います。お酒を飲む接待はしなくなったし、ランチでも経費として認められるかどうか。さらに、セキュリティーの強化や相手の多忙などで、「ちょっとそこまで来たもので」なんて気軽に会いに行くこともできなくなりました。

 

とはいえ、マーケットが縮小して競争が激化していることもあり、顧客への理解を深めて提案内容に独自性を出すことの重要性は増しています。顧客と強い関係を構築して、「ここだけの話だけどさぁ…」などの深い情報を聞き出す。そのためには、やはり会って話をするのに越したことはありません。それができないと、もう価格競争まっしぐらですよね。

 

「断られたらイヤだな」という思い

 ここで、なぜアポイントがとりにくいのか、落ち着いて考えてみましょう。先ほど挙げた「セキュリティーの強化」や「相手の多忙」などは外的要因です。一方で、内的要因もあります。それは「断られたらイヤだな」という思いです。人は誰でも、断られるのはイヤなものです。アポイントの依頼を断られたからといって、現実的には大したことはないんですけどね。でも、当たり障りのないコミュニケーションの中で育ってきた若い方々は、「断られる」ことに強い抵抗があるようです。

 

断られたらイヤだなぁ。なんだか億劫だなぁ。このような思いが、アポイントをとることにブレーキをかけている。こうした要因も、先述の「若い部下が、顧客を訪問したがらない」という嘆きにつながっているのだと思います。

 

イヤなことは「パターン化」するとよい

でも、「イヤだから、やらない」なんて、仕事で認められませんよね。管理職として、「やるべきことはやれ!」と指示する必要があります。とはいえ、強く指示するだけでは若い部下がつぶれてしまう危険性があります。そこで、「イヤなことをラクに行うコツ」も一緒に教えてあげてください。それは、「パターン化する」ことです。

 

パターン化すると、いちいち考えたり判断したりする必要がなくなり、惰性で行いやすくなります。「惰性で行う」って悪いことに聞こえるかもしれませんが、その分「意志」を使わなくてよくなります。余計なエネルギーを使わずに済むので、疲弊しなくなります。車も惰性をうまく使って走らせると燃費が向上しますよね。

 

新任管理職の皆さんは、部下を、そして皆さん自身を疲弊させないために、このことをよく覚えておいてください。「イヤだけど、やらなければならないこと」は、「なるべくパターン化して、惰性で行う」ようにしましょう。

 

たしかに、パターン化しやすいことと、そうでないことがあります。残念ながら、パターン化できないことは、「強い意志をもって取り組む」しかありません。でも、「アポイントをとる」というプロセスは、比較的パターン化しやすい行為です。

 

アポイントなどの承諾率を高める「普遍的なコツ」

 「アポイントをとるプロセスをどうパターン化するか」については、業界ごとに異なりますし、営業の本などでよく解説されていますので、そちらにお任せすることにします。ここでは、アポイントなどの承諾率を高める「普遍的に使えるコツ」を、ご紹介しましょう。それは、「何かを依頼する時には、理由とセットにするとよい」です。

 

人は、何かを依頼された時に、その理由が明示されているほうがスムーズに承諾しやすい傾向がある。これについて、ハーバード大学の心理学教授だったエレン・ランガー氏が以下の実験を行っています。

 

コピー機の順番待ちをしている人に、実験者が「先にコピーをとらせてほしい」と割り込みを依頼する。その時に、「理由を言うか・言わないか」によって、承諾率にどのような違いがあるか統計をとったところ、以下のような結果が得られました。

 

a. 「先にコピーをとらせてもらえませんか?」

依頼だけを行ったところ、承諾率は60%だった。

b. 「急いでいるので、先にコピーをとらせてもらえませんか?」

理由とともに依頼したところ、承諾率は94%だった。

c. 「コピーをとらなければいけないので、先にコピーをとらせてもらえませんか?」

それらしい理由とともに依頼したところ、承諾率は93%だった。

 

この実験、可笑しいですよね(笑)。「コピーをとらなければいけないので」なんて、割り込みをさせてもらう理由になっていませんよね。でも、なんとなく理由っぽい。これを、「それらしい理由」と言います。

 

この結果によって、2つのことがわかりました。

●理由があることで、依頼に対する承諾率は上がる。

●簡単な依頼の場合、「それらしい理由」をつけるだけでも、承諾率は上がる。

 

たとえば、それほど親しくない相手から連絡先を聞き出したいとします。ただ単に「連絡先を教えてもらえませんか?」とお願いするより、「すいません。何かあった時のために、連絡先を教えてもらえませんか?」とお願いしたほうが、スムーズに教えてくれるはずです。落ち着いて考えると、「何かあった時って、何があるんだよ?」ってツッコミたくなりますが、実際の場面では、そのまま承諾してしまいがちになるのです。

 

これ、すごく応用範囲が広いんです。たとえば、部下がクレームを受けて、上司である皆さんが客先に出向いたとします。まずは、状況をきちんと確認したい。でもこういう時に、うっかり「今回の経緯を教えてもらえませんか?」なんて聞いてしまうと、「あなたの部下から聞いていないのか? 社内の連絡がなっていないな! だからオタクの会社はダメなんだよ!」なんて、火に油を注ぐことになりかねません。

 

でも、「すいません。誤解のないように、あらためて今回の経緯を教えていただけませんか?」と切り出すと、相手の反応が違うはずです。この「誤解のないように、あらためて」というのも、「それらしい理由」ですね。

 

アポイントをとる時にも、「それらしい理由」とセットにして依頼するようにしましょう。たとえば、「資料をご覧いただいて、その場でご意見を伺いたいので、アポイントをいただけませんか」と伝えたら、ほぼ間違いなくアポイントがとれるはずです。「その場でご意見を伺いたい」と言われたら、会うよりほかありませんよね。このような、「それらしい理由」をいくつか用意して、パターン化して使い回せばよいのです。

 

皆さんは、心理学を「人の心の裏を読む、ちょっとアヤシイ研究」だと思っていませんか?たしかに、世の中にはエセ心理学というか、いかがわしいものも存在します。でも、地道な検証を通して、人間の特性を明らかにしてくれる素晴らしい研究がたくさんあるんです。これを学んで応用すれば、具体的な成果がたくさん得られます。

 

とはいえ、一般の方が心理学を基礎から学んで実務に活かすのはたいへんですよね。そこで私は、こうしたコラムの執筆や研修の開発を通して、たくさんの方が心理学の知見を実務でスムーズに活かせるように橋渡しをしたいと考えています。

 

今回は、若手のセールスパーソンを題材に取り上げました。いつの時代も若手の育成は大きな課題です。最近はとくに「若手に負荷がかけられず、なかなか一人前に育てられない」ことが大きな問題になっています。次回は、この点について考察します。